hatarakuotonatachi

一つの記事が、記者への夢の扉に。

そんな、ありきたりな大学生活を送っていた僕ですが、具体的に新聞社で働きたいと思ったのは、大学2年の頃でした。就職活動のための情報収集の一つとして、新聞を読み始めたんです。正直な話、それまでは全くと言っていいほど、新聞を読んだことがありませんでした。

見たとしても、大きな見出しをバーッと流し見るくらいで、詳しい記事の内容などは読んだことがなかったんです。新聞を読むようになって、社会ってすごく広いんだなというか、世の中では色々なことが起こっているんだということに気づき始めました。

特に印象に残っているのは、今から7、8年ほど前に起きた、識名トンネル工事の補助金不正受給・返還問題です。「世の中ではこんなことが起きているんだ‥‥」。身近なところに転がる衝撃的なニュースに驚きました。

それからというもの、元々好奇心が強い性格だったこともあって、「記者」という仕事に興味を持ち始めたんです。幼い頃、警察官になりたいと思ったときも、その根底にあったのは、正義感。

そういった意味でも、新聞記者の仕事は、社会正義だという共通する部分も感じましたし、なにより、社会のために自分の正義を持って仕事ができる、しかも、現場という最前線で自分の価値を発揮できる仕事に、将来は記者になりたいという気持ちが高まっていきました。

ただ、一口に「記者」といっても、選択肢はたくさんあります。就職活動では、新聞だけでなく、テレビ業界も視野に入れていました。とにかく現場に行って最前線で取材をしたいという気持ちがありました。

そこでまず行ったのが、業界研究。実際にOB訪問をして、その現場で働いている人に話を聞くのが一番早いと思ったんです。僕の場合、たまたま知り合いの先輩がテレビ業界に勤めていて、紹介してもらえたことは運が良かったですね。

実際に話を聞くと、僕のやりたいことはテレビよりも新聞というメディアの方が実現できると感じました。テレビの売りは、速報性。その代わり、ニュースに与えられる時間は、45秒とか1分という短さ。できるだけ端的に出来事を伝える必要があります。

一方、新聞は比較的、その問題に対する事象とか深堀して記事にすることができるんです。そんなテレビと新聞のメディアとしての違いを知り、記者としての働き方の違いも、自分なりに想像して考えました。それを踏まえて、僕は新聞記者になりたいと感じたんです。

文章で人に情報を発信する。そんな新聞記者の姿は、まさに社会のために働く正義の味方。幼い頃夢見ていた警察官の仕事とは違い、“言葉“で伝えることが単純にカッコいいと思ったんです。

先輩の言葉と読者の声で、乗り越えた壁。

新聞記者の仕事は、自分自身が現場で見たこと聞いたことを記事にしても、全てがそのまま掲載されるというものではありません。僕たち記者が出した原稿は、デスクと呼ばれる先輩が確認します。修正点をはじめ、「ここはもっとこうした方がいいよ」などのアドバイスをいただけるのですが、そこには当然、現場との感覚のズレみたいなものも出てきます。

どんな記事にするべきか、ときには熱い議論することも。僕もまだまだ経験豊富というわけではありませんが、はじめの頃は、デスクとの意見の相違に、自分がどんな記事を書けば良いのか分からなくなることがありました。

自分で書いた方がいいと信じる記事と、デスクからの指示とのはざまで悩んでいる僕に、ある日先輩が声を掛けてくれました。それは、「大事なのは、どこを見て仕事をするかだよ」という言葉でした。

記事として伝えなければ埋もれてしまいそうな地元の人の声や、大きな声で大切な情報を発信できない人たちのために、彼らの視点で取材をして世の中の人に伝えることが、やっぱり僕たち記者の使命。

現場を目の前にして、読者に一番近い距離で仕事しているわけだから、読者の代表という責任を持って、取材し、報じなければならないんです。

そんな言葉をいただいて、これって、初心に戻れということだなと気づいたんです。この仕事がしたいと思った時に感じた思い、最前線の現場で自分の正義を持って取材に取り組みたいという気持ち。

上司や同僚、後輩、その他名誉や地位のためにとか、誰かの指示で言われたからではなくて「読者のため」の仕事をするように心がけています。

2017年の9月、県内の若者が「名義貸し」の被害に遭っているという記事には時間もパワーも割きました。当時、友達や先輩からの紹介という手口で広がっていった「名義貸し」。

何も知らずに契約させられ、カード盗られたり勝手にお金を使われたりという被害にあっていました。その数、分かっている範囲だと県内だけで約600人。20歳で100万の借金を抱えている子もいて、親にも言えず苦しんでいました。

取材して記事が出ると、数百人規模の被害が表面化したことで有志の弁護士が弁護団を結成する動きにつながりました。被害者を対象にした相談会も開かれ、世の中が今までにはなかった動きをし始めたんです。

この問題を通して世の中と向き合うきっかけになったことは、今でも記者としての自分の背中を押してくれます。今でも、注意喚起として当時の記事が大学の学内に貼られていたという報告も耳にして、嬉しかったです。

とはいえ、日々取り組む中で、くじけそうになることもあります。仕事の性質上、休みや昼夜を問わず取材をすることもあります。日の出前から仕事したり、気づいたら夜があけていたり。

取材先で怒鳴られるということだってありました。事実確認や誤字がどれだけ新聞の価値を下げてしまうかなど、神経質にならなければいけない部分もあります。

それでも、読者のためというやりがいが頑張ることができますが、もう一つは、僕が徹底的に業界研究や企業研究をしたという経験も活きていると思います。

先輩やOBの方から話を聞いたり、元記者の方で大学の講義を持っていた先生がいたので、その方に話を聞いたり。働いてから思っていたのと違ったということにならないようにしていました。

だから、仕事が嫌だなって思ったことはないんです。学生の僕がインターンをお願いして何ができるんだろうという遠慮からインターンはやらなかったのですが、今思えばインターンもやっておいた方が絶対に良かったなと思います。

たとえ、インターンの募集をしていない企業でも、もし本気でその企業での経験がしたいのであれば、勇気を持って相談することをオススメします。

後悔しないために、今全力でやっておくべきこと。

自分が書いた記事で読者からの反応がきたり、ネットでものすごく読まれたりするのは純粋に嬉しいですし、励みにもなります。特に、世の中が動く反応があった時には、僕自身やりがいをすごく感じる瞬間です。

今は、平和担当として、沖縄戦を取り扱う記事を書いています。2020年は戦後75年という節目ということもあり、体験者もどんどん減っていく中で、世の中にどのような発信をしていくのがベストか日々模索しています。

今の自分も、入社してから1、2年目の頃に感じていた「全然取材ができてない」「思ったように記事が書けない」っていう経験を乗り越えたからこそあるんだということを感じます。

多分、最初の1、2年ってどの仕事もめちゃくちゃ大変だと思うんです。初めは上手く出来ないことだらけで立ち止まる時もあるかもしれない。けれど、信念を持って仕事に取り組むことができれば、乗り越えられるはずです。

沖縄には、沖縄戦だけではなく基地問題など、たくさんの問題があります。そんな事実に目を向け、丁寧に報じることで沖縄タイムスの記事を手に取った人々に情報を伝えることができる、そんな仕事に僕は誇りを持っています。

だから、一人の記者としてこれからも一生懸命に現場と向き合いたいです。それに、一生懸命にやると、仕事って楽しいんですよね。一生懸命にやるから、ラクじゃないんですけど(笑)。

僕は学生時代、スターバックスでアルバイトをしていたんですが、それも一生懸命やったからこそ、働く大変さも楽しさもあるってことに気がついたんですよね。

それぞれの仕事にそれぞれの大変さや楽しさ、やりがいがある。ラクな仕事はないけれど、楽しい仕事はあるはず。だからこそ、学生のうちに自分が本当にやりたい仕事は何か、自分自身と向き合うのが大事だと思います。

ライター 高井賢太郎さん:

新垣さん、ありがとうございました!「嫌だと思ったことはない、入社してからのミスマッチはあまりなかった」というお話からは自分の気になっている業種や企業をよく知るということの大切さを学びました。何より、自分自身と沢山向き合ってこられた新垣さん。 “一生懸命に取り組むことの楽しさ“を感じる取材でした。


Back number